建物等について 明治後期の地図 今現在のようす 中山説太郎とは更新 説太郎の著述等 再生に向かって更新 林之助のカトレヤ

■再生に向かって

●山陽新聞2023年4月21日朝刊に、「スケールの大きな"快男子"という題で施主・中山説太郎の人物像を探った記事が掲載されました(2023/4/21)



●3/12の開館式、開門式、記念イベント、見学会をメディアが報道(2023/3/14)

・RSK(山陽放送)

・OHK(岡山放送)

・KCT(倉敷ケーブルテレビ)

●開館プレイベントの3/11開館記念講演会を実施(2023/3/14)

 講演会には、定員30名のところ、43名の申込みがあり、当日参加の20名を加えて、約70名の参加がありました。澁谷先生の基調講演「近代和風建築と旧中山家」では、旧中山家住宅の住宅様式のルーツが明らかにされました、続くパネルディスカッションでは、住宅の活用について、さまざまな提案や議論があり、大いに盛り上がりました。


●山陽新聞2023年3月8日朝刊に、旧中山家住宅の「修復完了、12日に特別公開」が紹介されました(2023/3/8)



2023/4/1の開館(一般公開)が決定しました(2023/2/3)

 開館前3週間にいくつかの開館行事を実施することを同時に決定しました。決定した開館行事の案内ちらしを制作し、地元町内会に配布しました。行事の概要と日程は、トップページにも掲載しました。

旧中山家住宅再生委員会は、来春(2023年(令和5)年/2~3月)にお披露目式を予定しています。それに向けて準備をはじめました(2022/9/27)

 2018(平成30)年11月、本住宅は、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。再生委員会は、登録に先立ってホームページの制作を開始していました。その後、傷んだ建造物の修復を行いながら、2019(平成31)年3月、この「旧中山家住宅」サイトをキックオフしました。2020(令和2)年3月予定で、近隣住民へのお披露目式(仮題:旧中山家住宅登録有形文化財プレート設置式および見学会)を企画準備中に、新型コロナ感染症が流行し、その感染対策のため、やむなく式は中止しました。その後、感染症は収まるどころか、変異株の流行にシフトし、予断を許さない状況が続いています。それでも、この2022(令和4)年には、政府から感染対策と経済活動を両立させることが可能との判断が示されています。そこで、来春にはお披露目式を実施できるかもしれないとの気運が生まれ、お披露目式(仮題:中山邸シンポジウム)の実施に向けて、その企画準備会が2022(令和4)年8月再スタートしました。
 ところで、この「再生に向けて」ページ以外は、キックオフからわずかな修正はありましたが、ほとんど3年半更新されていません。歴史的事実の列挙なので当然ですが、新たな発見や、大きな間違いがなかったのです。新たなお披露目式(仮題:中山邸シンポジウム)に向けて、あらためて「中山説太郎とは」ページを再構成することになり、過日、歴史的事実を精査してみたところです。証拠がないため断言できなかったことを勇気をもって断定し、説太郎ご本人の記憶違いによる矛盾は、いくつかの文書の比較から修正するなどして、中山説太郎とはを更新しました。「幕末から明治維新への激動を才一郎がどのように見ていたか」の記述に加筆し、「中山家三代について」としてまとめました。才一郎→説太郎→林之助と続く中山家三代の眼に日本や世界はどのように映っていたのでしょうか?

●倉敷ケーブルテレビKCTニュース2022年1月25日17:00~17:30(初出)に保存活動が紹介されました(2022/1/30)

・・・倉敷・連島出身の実業家邸宅 旧中山家住宅 保存修理進む・・・

 明治の終わりから昭和の中頃にかけてめざましく活動した倉敷市連島町出身の実業家・中山説太郎が住んでいた豪邸を保存修理する取り組みが進んでいます。大正時代に建てられた主屋や蔵など5つの建物が国の登録有形文化財に指定されていて、関係者は、中山説太郎の功績ともいえる邸宅を地域の宝として生かし、残そうと考えています。


●山陽新聞2022年1月5日朝刊に「旧中山家住宅」の保存活動が紹介されました(2022/1/11)



●山陽技術雑誌Vol.67(May/2019、山陽技術振興会)にホームページ制作日記(一部)を投稿し, 掲載されました(2019/5/23)



●倉敷市文化財保護課の登録有形文化財に紹介

旧中山家住宅主屋ほか

●文化遺産オンラインに紹介

主屋
離れ屋および内蔵
中蔵
米蔵
長屋門


●登録有形文化財(建造物)の登録(2018/11/28)

・平成30年7月20日 旧中山家住宅主屋他5点が登録有形文化財(建造物)に登録

 文化庁は、「登録有形文化財(建造物)の登録について」を報道発表した。
 文化審議会(会長 佐藤 信)は,平成30年7月20日(金)開催の同審議会文化財分科会の審議・議決を経て,新たに209件の建造物を登録するよう文部科学大臣に答申を行った(平成30年11月2日登録)。
以下は登録有形文化財(建造物)の一覧表の抜粋です。
名称所在地建設年代特徴等種別基準
66旧中山家住宅主屋岡山県倉敷市T3頃高梁川(たかはしがわ)東岸の丘陵南麓にある実業家の住宅。主屋は敷地中央に南面して建つ入母屋造り の平屋建てで,屋根の周囲に深い軒の下屋をまわし,正面に入母屋造りの玄関を出す。内部は中廊下 を通して前後に座敷を並べ,十五畳の表座敷に大ぶりの座敷飾りを備える。良材を用いた上質な造作 をもつ豪壮な和風住宅である。主屋の西側に接続する離れ屋及び内蔵は,客座敷である瀟洒な離れ屋 と家財蔵である重厚な内蔵を連結した特色ある附属建物。敷地後方の高い石積み基礎上に土蔵造り外 壁黒漆喰塗りの中蔵と米蔵が並んで建つほか,敷地正面には間口が27メートルに及ぶ長大な長屋門が建ち,重厚な屋敷構えを形成している。建築物住宅2
旧中山家住宅離れ屋及び内蔵T3頃建築物住宅1
旧中山家住宅中蔵T3頃建築物住宅1
旧中山家住宅米蔵T3頃建築物住宅1
旧中山家住宅長屋門T4頃建築物住宅1


●再生のポイント

 再生委員会では、下記にあげる点に留意して活用方法を検討しています。

・当時の最先端の和風建築

  長屋門と母屋は厨子2階であり、主屋の大屋根や下屋の造りは長屋門、母屋、離れ共に桔木を配した構造で、伝統的な日本建築の造りとなっている。内部仕様も商家や民家と異なり、数寄屋風の近代建策の流れが坦間見え、特に座敷部は地域を越えた迎賓館的要素を織り込んだ、当時の最先端の和風建築であったことが窺える。施工は、京都から呼んだ棟梁の指揮のもと、地元の6人の棟梁集団が担った。その筆頭は、中野棟梁で、2代目もこの屋敷の修理に携わっており、現在3代目の中野建築士も連島に在住している。

水島コンビナートを先導

 説太郎の晩年には、苦戦する水島コンビナートへの企業誘致を打開した会合の場所の提供はつとに有名である。電力王と呼ばれた松永安左ェ門氏や影の経団連会長とうたわれた小林中氏らによる説得が企業誘致を成功させ、のちの水島工棄地帯の形成を先導したとも伝えられている。

・岡山の発展を下支え

 こうしたことから、岡山、倉敷の発展を語る上において重要性が高く、保存活用の措置が講ぜられることが望まれるものと判断した。